みらいへの想い
研究の道を決定づけた母の言葉
幼少期からロボットに興味があり、技術を学びたいという思いから佐世保工業高等専門学校に進学しました。学びを深める中で、将来的には研究職に就くことも視野に入れ、卒業後は九州工業大学に編入しました。
研究分野として介護を選んだのは、高専時代の原体験にもとづきます。当時、祖母が介護施設に入所した際に、母が「介護が“無機質”だ」と口にしていたんです。「“無機質”な介護ってなんだろう?」と、母の言葉がずっと心に残っていました。
また、私が学んできた知識や経験を、介護の現場で生かせると感じたことも大きな理由です。所属するキャンパスの研究室には介護領域の技術を扱うプロジェクトも多く、将来的なリソース活用やプロジェクト間連携が期待できると思いました。その頃、ニュースでも介護業界の人材不足がたびたび報じられていました。「学生起業家を育成しよう」という大学内の機運にも後押しされ、介護現場の課題解決を目指すプロジェクトを立ち上げました。

利用者と心を通わせるロボットを開発し、介護現場の課題を解決する

私は現在、プロジェクトを通じて、介護事業所における業務サポートロボット「佐保(SABO)」の研究・開発に取り組んでいます。
特に注力しているのは、施設内における共用フロアの見守りです。個室は定点カメラなどで対応できますが、共用フロアはスペースが広く死角が生まれがちに。転倒や転落のリスクを防ぐため、どうしても人が張り付いていないといけない状態になっています。
「佐保」は自ら共用フロアを動き回り、利用者がどこにいるのかを常に把握します。利用者に動きがあったときは追従して見守り、異常があった際にはすぐ報告できる仕組みになっています。
さらに「佐保」の大きな特徴は、能動的に会話ができる点です。「佐保」は生成AIサービスで知られる大規模言語モデル(LLM)を活用し、ロボット側から利用者に積極的に話しかけることで、新しいコミュニケーション体験を提供しています。ただの監視役ではなく、心を通わせる存在としての安定稼働を目指しています。
「佐保」はまだまだ改善の余地がありますが、介護従事者の業務を補える点が多いと感じています。例えば介護現場には、夜勤帯や食事の前後など、人が少なくなる瞬間があります。こうした時間帯に「佐保」を活用することで、介護従事者の負担を大幅に軽減できると確信しています。

人の期待に応えたいという気持ちが、プロジェクトを続ける原動力に
プロジェクトを進める中で大変だったのは、介護現場の“本当の”課題を見つけることです。色々な事業所へのヒアリングを始めて2年ほど経ちますが、正直なところ、いまだに「課題を掴めた」とは言い切れません。
介護事業所には、特別養護老人ホームや有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅など、様々な種類があります。また、同じ種類の事業所でも、事業所の方針や利用者数などによって課題は変わってきます。ある事業所で「この課題なら解決できるかも」と思っても、別の事業所では「その課題、うちにはないかな」と言われたことが多々ありました。
大事なことは、継続してアプローチすることです。継続は力なりと言いますが、介護事業所に何度も足を運び、ヒアリングを重ねたり、業務を観察したりすることで、ようやく課題解決の糸口が見えてくるんです。こうした活動を通じて、介護業界でもつながりをつくることができ、他の事業所を紹介してもらえるようにもなりました。
「佐保」のデモをお見せすると、「頑張って」「期待しています」「ロボット、かわいかったね」というポジティブな言葉をいただくことが多いです。介護業界の多くの方に期待されているという感覚が、このプロジェクトを続けていく一番の原動力になっています。

迷ったら、やってみよう!
AIやロボットの研究は、華やかなものではありません。地道なリサーチを積み重ね、課題をひとつずつ潰していく、泥臭い日々の連続です。
それでも、私たちが粘り強くプロジェクトを続けられているのは、「佐保」が将来的に日本の介護業界の課題を解決する切り札になると考えているからです。世界に先駆けて高齢社会を迎えている日本は、課題先進国ともいわれています。だからこそ、そこで生じた課題を私たちが解決し、その成果を世界に共有することには大きな意味があります。
私は、個別の介護施設の課題解決に留まらず、介護業界全体の課題となっている人材不足を根本から解決したいと考えています。現在の「人ありき」で構築されている介護のあり方を変えていきたい。ロボットやAIなどを活用し、人が人にしかできないことを担当する労働形態への改革を行政とともに目指していきたいです。
こうした大きな変革を実現するためにも、来年には必ず新たなプロダクトを完成させ、私たちのプロジェクトを主軸とするような政策を組んでもらうべく、政府や行政に積極的に提案していきます。
私がかつて大学に編入すべきかどうか迷っていたとき、学校の先生が「迷っているなら、行くべきだ」と背中を押してくれました。そのおかげで、大学院で貴重な経験を積むことができていると思っています。
迷ったら、やってみる。
それが今も、私の行動指針になっています。
この記事を読んでくださっている方が、もし今、チャレンジしたいことで迷っているなら、ぜひ一歩を踏み出してください。大きな一歩でなくても構いません。誰かに話を聞きに行くとか、そんな小さな行動から初めても良いんです。
自分自身の思いや強みを生かして、介護の未来をわくわくするものに変えていく。そんな仲間が増えることを心から願っています。

▼磯本さんの研究に関する相談・協力については、以下のアドレスまでご連絡ください。
isomoto.kosei778@mail.kyutech
