みらいへの想い

学生
産業医科大学演劇部

産業医科大学演劇部が「ACP」を題材にした作品を上演。すれ違う家族を演じて


(左)木村 紗也さん
産業医科大学医学部5年生。新潟県出身。医師免許の取得を目指し、現在は臨床実習中。将来は、患者さん一人ひとりを診る医師になることが目標。産業医科大学演劇部に入部したことがきっかけで演劇を始める。役者として「見終わったあとに何かを心に残す」演技を意識している。

(右)飯田 朱理さん
産業医科大学医学部5年生。山口県出身。現在は医師免許の取得を目指し、臨床実習中。演劇は高校生のときにはじめ、今では役者以外に台本執筆を担当することも。将来は、公衆衛生医師になることが目標。

ACPを題材にした演劇、「たとえ記憶をつなぎあわせたとしても」

 

――医療や介護が必要になったとき、どのように病気と向き合い、どのようなケアを受けたいかを家族や近しい人と事前に話し合うプロセスを指す、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)を題材にした演劇を行ったとお伺いしました。どのような演劇だったのでしょうか。

 

飯田 朱理さん(以下、飯田さん):今回、私たちが演じた舞台は「たとえ記憶をつなぎあわせたとしても」と言います。本演劇はACPを題材にしているものの、実は家族みんなで医療・介護、人生の最期について話し合う場面は出てきません。というのも、「大切な人とACPをしよう」「ACPが大切」と啓蒙したいわけではなく、とある家族のいち場面、いち日常を伝えることが演劇の役割だと考えているからです。そのため、本来家族で一緒に話をしたかった父親が亡くなったところから舞台が始まります。

 

木村 紗也さん(以下、木村さん):登場するのは中野家という架空の家族で、父、父の再婚相手であるゆりさん、そして前妻との間に生まれた姉妹の4人家族。父が亡くなってからお通夜までの時間で、ゆりさんと妹のギクシャクした関係性が表面化したり、姉妹が父の死を受け入れたりする様子が描かれます。大切な人の死という状況の中、「父の最期はこれでよかったのだろうか」という答えのない問いも、家族の葛藤の1つとして持ち上がります。

 

――答えを聞きたい当の父が、亡くなってしまっているからこその葛藤ですね。

 

飯田さん:ですが、物語の途中で父の訪問診療を行っていた理学療法士が訪れ、生前に書き記していたエンディングノートの存在が明らかになります。このエンディングノートが1つのキーになり、ゆりさんと姉妹が父の想いを知ることで終焉に向かうあらすじです。私は次女を、木村は長女を演じました。

 

 

「父が大好き」なのに、すれ違い、葛藤してしまう登場人物たち

――お2人は、演じる前から「ACP」という言葉を知っていましたか?

 

木村さん:はい。私も飯田も医学部に所属しているため、授業を通してACPを知っていました。ですが、劇中には「ACP」という言葉が出てくるわけではないので、観客にどうテーマを伝え、どう昇華させるのか何度も話し合いましたね。

 

――印象に残っているシーンはありますか?

 

木村さん:私は、亡くなってしまった父の手を握るシーンが印象に残っています。長女の私が手を握り、「お父さんの手、あったかかったな」「お父さん、お疲れ様」と語りかけるんです。お父さんはもう戻ってこないと死を噛みしめるシーンに、観客からも「自分を見ているようだった」「自分と重なった」という感想をもらい、生きているうちに話す大切さが伝わったのではないかなと思います。

 

飯田さん:私は、特定のシーンというよりは、物語を通した次女の心の変化が胸に残りました。物語冒頭、亡くなった父と2人きりになるシーンでは「嫌だよ」「私が一人になっちゃったじゃん」と嘆き、内に籠る悲しみ方をします。ですが、エンディングノートを読むことで徐々に気持ちがほぐされ、家族に心を開くようになるんですね。自己憐憫から他者を受け入れる次女の心模様が、演じている中でも印象的でした。

 

木村さん:物語に出てくる姉妹も再婚相手のゆりさんも、結局はみんな、お父さんが大好きなんです。その気持ちは同じはずなのに、すれ違ってしまう。家族みんなで話すプロセスがなかったために登場人物たちが迷い、葛藤し、ぶつかる場面を描いたことで、ACPの重要性をより伝えられたのではないかなと思います。

 

介護の役割は「自分らしく生きるため」。近しい人が理解し合うためには

――今回の演劇を通して、価値観や考え方に変化はありましたか?

 

飯田さん:ACPは、日常の延長線上にあるんだと感じました。たとえば、家族と医療ドラマを見ていて「辛い思いをしてまで治療をするのは嫌だな」と何気なく漏らしたら、それもACPの入口です。家族と交わされる会話の中に、実はACPの種があったことに気づかされました。

木村さん:飯田さんと同じように、思ったより身近にあふれているのだと感じましたね。観客の中にもACPの必要性を感じている方が多くいらっしゃいましたし、私自身演劇後に身内の病気があり、医療やケアについて親族と話をしました。いつかの遠い話ではなく、自分の身にも起こりうることなのだと改めて感じました。

――ACPでは、介護についての話し合いも含まれます。お2人は、介護に対してどのようにお考えでしょうか。

 

木村さん:私は今回の演劇を通して、ACPも介護も人と人が関係し合う中で行われる行為だからこそ目の前の相手を大切にできれば、すれ違いが少なくなるのではないかなと思いました。劇中にも理学療法士が登場しますが、ということは中野家もお父さんが亡くなる前の段階に介護があったのだと私は想像します。もしかしたら、お父さんが生きている段階で話せたことや気づけたことがあったかもしれないですよね。相手が何を求めているのか、一方で自分が何を求めているのかを、ともに差し出すことでコミュニケーションが生まれ、理解し合うスタートラインに立てるのではないでしょうか。

 

飯田さん:「ACP」という言葉、そしてその意味がもっと広く認知され、誰もが気軽に「自分らしく生きること」を口に出せたら良いですよね。私は大学4年生のときに厚生労働省の老人保健課でインターンしたことがあり、医療の役割は“寿命を伸ばすこと”、介護の役割は“自分らしく生きること”だと教えてもらいました。しかし、介護サービスを頼ることに抵抗感のある人は、まだまだ多くいらっしゃいます。そういった心の壁があると、「自分らしく生きる」というゴールへの道が険しくなる。医療や介護を頼ることはハードルの高いものではなく、「自分らしく生きる」ための手段だという意識が広まってほしいなと思います。

演劇は、さまざまな問題の入口の1つ。「知ること」が問題解決の一歩に

――お2人のこれからの目標を教えてください。

 

飯田さん:私は、公衆衛生医師を目指しています。ルールや仕組み作りを通して医療や介護に携わり、困っている人を救うことが目標です。しかし仕組みは完全ではないため、例外が生まれてしまうこともあります。例外が生まれたときこそ、感情に訴えるメディアである演劇で多様な立場の人々を描き、異なる視点を伝えられればと思っています。ルールや仕組みでハード面を、そして演劇でソフト面を担うことで日本の医療や介護を支えたいと考えています。

 

木村さん:私は幼い頃から人と関わることがとても好きなので、医師免許を取得したら幅広い方々と接するお医者さんになることが目標です。困っている方、悩んでいる方、それこそACPや介護について葛藤されている方がいらっしゃったら、私なりの助け方で手を差し伸べるお医者さんになりたいです。相手の話を受け止めつつ、そのうえで自主的に答えを見つけられるような問いかけができるお医者さんが私の理想です。

 

――お2人ともありがとうございます。では最後に、読者の方へのメッセージをお願いします!

 

木村さん:ACPや介護に少しでも興味をもっていると思うと、それだけでもすごいことだと私は思います。社会には両手両足では足りないほど様々な問題があふれていますが、それらを知ろうとすること、興味を持つことが、問題解決への第一歩になるはずです。演劇も社会問題に触れる入口の1つだと思うので、これからも役者として何か心に残る演技をしていきたいです。

 

飯田さん:若い世代が介護と聞くと、税金が高い、介護離職がある、やりたいことが遮られるといったマイナスなイメージばかりが浮かぶかもしれません。しかし本来は、第三者を頼ることで自分らしく生きられるというプラスの側面があります。ネガティブな印象になってしまうのは、「知らない」からこそ。そういうことに気づいてもらうために、私たち演劇部の演劇をぜひ見に来てもらえたらと思います。